【本連載の概要】
- 前編(2025年12月公開)
2025年を通して見えてきた「これからのAIと協働する人間に求められる能力」を、最新のAIに「記事づくり」を任せる実験を通して検証します。 - 後編(本記事)
前編の内容を踏まえて「これからのビジネス・パーソンに求められる3つの力」と「育成・研修の方向性」について人材開発の視点から提案します。
西面 冬樹
株式会社シナスタジア代表
コンテンツとデジタルの知見から事業開発をハンズオンでサポート
生成AIを活用した組織開発、新規事業開発を研究中。
- 本稿は、ウィルソン・ラーニング ワールドワイド株式会社の外部協力先であるシナスタジア社の寄稿記事です。
ここで述べられる内容は、当社の公式見解や今後当社が提供する研修プログラムを直接示唆するものではありません。
前編の振り返り
前編ではAIに2025年のニュース記事を生成させる実験を通して、最新の生成AIが、自ら情報収集作業を行い、実用に近い生成物をほぼ一発で出力できる状況を確認しました。
このように、ビジネス・パーソンが日常の業務をAIで大幅に自動化できる可能性が急速に高まっています。
一方で、今後いかに技術が進歩しても、「問題を引き受け、どこから問うかを決める」営みは、人の領域として守られるべきであり、そのために3つの能力が求められる、と提示しました。
- 「問いを選ぶ力」
- 「問いを設計する力」
- 「問いを更新する力」
後編記事ではこれらについて深堀りしますが、その前に「なぜ問いが重要なのか」について、AIの技術的な側面から補足します。
AIの80点の壁がもたらす「正解のコモディティ化」
生成AIの内部で起きていることを、少していねいに見てみましょう。
AIの代表的なモデルであるChatGPTやGeminiは、常に「この次に続きそうな言葉は何か?」を確率的に計算し、その中から一語ずつ選びながら文章をつないでいます。
言い換えれば、AI は意味やロジックを「理解」しているというよりも、言葉のつながりの「もっともらしさ」を確率計算している装置なのです。
AIの「もっともらしさ」を数値でいじってみるテスト
生成AIが「確率計算」で文章を作る様子がわかる、実験記事をこちらで公開しています。
GPT-4が用いる数式の一部を変更すると、出力文のつながりが機械的に変化します。
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このテストでは、確率のつまみを動かすだけで、出力される文章の「もっともらしさ」が機械的に変化する様子を確認できます。T値を少し上げると文体が一見「創造的」に揺らぐものの、上げすぎると、またたく間に文章そのものが崩壊してしまいます。
ここからわかるのは、AIが元から持つ原理の範囲内では、平均的な出力がデフォルトで、確率の数値をいくら調整してもせいぜい「どのくらいランダムに言葉を選ぶか」が変わるに過ぎない、という事実です。
AIの回答には、前提条件や文脈の情報をユーザーが具体的に与えないかぎり、「一般的な状況を想定した、平均的な80点レベルの正解」に収束しようとする力が強く働きます。どれだけモデルの性能が上がっても、ユーザーの問いが曖昧なままでは、「その会社・そのチーム・その状況における100点の答え」には、原理的にたどり着けないのです。
万人がAIを使えるようになった今、人材開発が向き合うべき課題は、もはや「AIを使って80点止まりの正解を引き出す方法」を教えることではありません。現場のメンバーが、いかに自社にとっての100点の回答を定義し、そのための問いを選び・設計し・更新できるか、すなわちいかに「問いの力」を持てるか、に移っています。
「3つの問いの能力」を使いこなし、問いを自社の資産に変える
AIが確率的にしか言葉を紡げない以上、ユーザー側が意図的に介入し、その精度を高める必要があります。AIという強力な思考計算機を使いこなすためのリテラシー、それが「3つの問いの能力」です。
- 問いを選ぶ力:直面している問題の性質を理解して、AIを使ってどのように解くべきなのかを判別できる
- 問いを設計する力:選択した問いを、AIが効果的に計算できるよう、構造の最適化を施して入力できる
- 問いを更新する力:出力された回答を、AIの計算原理を理解した上で正しく評価して、改善の運用ができる
この3つは、AIを利用する際の流れとしてお互いを補完する関係にあります。
<1. 問いを選ぶ力> 問題の複雑性を判断できる能力
3つの問いの出発点は、自分がAIで解こうとしている問題がどんな性質か、その複雑性を把握し、見極め、適切な扱い方を選べるようになることです。ここでは問題をABCの3種類に分けて考えます。
| 問題の性質 | 内容とタスク例 | AI利用 難易度 |
|---|---|---|
|
A: 明確な問題 Clear |
ルールが定まっていて、正解が『AならB』と一意に決まっている問題
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低 |
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B: 込み入った問題 Complicated |
専門的な知見が必要で、複数の正解が存在する問題
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中 |
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C: 複雑な問題 Complex |
正解がなく、試行錯誤による創発的な解決が必要な問題
|
高 |
※ クネビンフレームワークによる問題の整理
この表は、「正解のコモディティ化」から抜け出すために「自社では、誰に、どの種の問題まで『AIと一緒に考える力』を求めるのか」を話し合うための地図として使えます。
たとえば「Aを全社員の必須リテラシーとし、Bを専門職、Cを管理職候補の育成テーマにする」といったイメージです。
なお、AからCへと問題が複雑になるほど、次の「問いを設計する力」で押さえるべき前提や手順が増えます。
<2. 問いを設計する力>問題をAIが処理しやすい形に翻訳する能力
自社固有の問題に対して平均点以上の回答を出すためには、問題の性質に沿った問いの設計が求められます。
| A: 明確な問題 Clear |
B: 込み入った問題 Complicated |
C: 複雑な問題 Complex |
|
|---|---|---|---|
| 設計能力 | AIにどのような作業をさせるのか、処理の手順や条件、出力の形式などを具体的な指示文として抜け漏れなく言語化できる | どの専門フレームで問題を解くかを決め、AIによる的確な回答に必要な事前情報を、適切な形式で文脈設計して入力できる | 正解の見えない問題を、調査・分析・仮説・試行・検証といった複数のステップに分解し、その解決プロセスの検討も含めた構造的なAIへの問いとして設計できる |
| 隣接する AI操作技術 |
プロンプト・エンジニアリング | コンテキスト・エンジニアリング | AIオーケストレーション |
| リテラシー例 | プロンプトテンプレート/Few-shot prompting/Markdown記法/カスタム指示 | リサーチプロンプト設計/JSON・YAMLによる構造化入力/ツール・API指定/RAG利用 | 問題解決フレームワーク/アブダクション思考/AI workflow/AI agent/vibe coding |
この表に「それはエンジニアの仕事では?」と感じるワードが散見されることに違和感を覚える方も多いはずです。
しかし、AIを前提に仕事そのものが急速に組み替えられていくAX(AIトランスフォーメーション)の時代において、こうした問いの設計はエンジニアだけに閉じられた専門業務ではなく、事業部門や経営部門をも含む、ビジネス人材全体が意識すべき基礎的な能力になりつつあります。
人材開発の立場からは、ここで整理した3つの分類を参考に、自社の業務においてどこまでを「社員が身につけるべきAI能力・リテラシー」とし、どこから先を自動化、インフラ化するのかといった能力と仕組みの切り分けの議論を、経営やDX推進・情報セキュリティ部門などと連携して進めておく必要があります。
<3. 問いを更新する力> AIとの試行錯誤を自社ならではの資産に変えていく能力
AIの出力は、どれだけモデルが進化しても、原理的には「平均的な80点」に収束しがちです。特に複雑な問題ほど、一度の問いかけで自社にとっての100点に到達することはほとんどありません。
そこで重要になるのが、「問いを更新する力」です。AIの不完全な出力を単なるハズレと見なすのではなく、自分たちの問いの不完全さを映し出す鏡として扱い、前提や条件、評価の軸を少しずつ調整していく力です。
こうした試行錯誤を続けていくと、「うちの会社では、こういう時はこう問うと成果が出る」といった暗黙のパターンが少しずつ見えてきます。そのプロセスをイメージしやすくするために、問いの更新を、個人内の改善→型化→チーム実装の3段階で整理します。
| Level 1 | Level 2 | Level 3 |
|---|---|---|
| AIの出力への違和感を、自分の言葉で指摘し、次の問いに反映している | 問いの更新方法を型にし、メンバーが同様に再現できるようにしている | 型を業務の流れに組み込み、問いの更新がチームで回るようにしている |
|
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この分類自体はあくまで一つの例です。ここで重要なのは、自社の業務や評価制度に合わせて、このように具体的な改善行動にレベルを設定し、評価することで、問いを更新する能力の全体水準を組織として引き上げるという考え方にあります。
このように能力開発を組織全体で回していくと、個々の工夫や判断基準が、その場限りの属人的なノウハウにとどまりません。レベル定義や評価を通じて「何をどう改善したのか」が言語化され、共有され、再現可能な形で蓄積されていきます。
その結果、現場に埋もれがちな「自社独自の暗黙知」が「AIにも理解可能な形式知」へと変換され、組織固有の資産として積み上がっていきます。つまり、個々人がAIの回答精度を80点以上に引き上げる努力が、単なる個人スキルの向上に終わらず、そのまま自社の独自性を研ぎ澄ます力につながっていくのです。
おわりに
AIを取り巻く環境が異常な速度で進化している現状においては、ここで提示した「問いの能力」が1年後も同じ姿をしているかどうかでさえ、予測不能です。
AIとの協働が前提になる時代においては人材開発担当自身、自社に必要な人材についての問いを常に更新し続けることが求められるでしょう。
西面 冬樹
株式会社シナスタジア代表
コンテンツとデジタルの知見から事業開発をハンズオンでサポート
生成AIを活用した組織開発、新規事業開発を研究中。